主に細幅鍵盤の事を、個人的な戯言を交えながら徒然なるままに書いているブログです。このブログの趣旨をまとめていますので、初めてお越しの方は、宜しければカテゴリ欄の「記事の概要」をご一読ください。
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08/19
ピアノの鍵盤の幅はなぜこの幅なのか
皆様は今のピアノの鍵盤がどのような経緯で現在の幅になったかご存知でしょうか。

・ 昔から長い時間をかけて現在の幅が選ばれてきた。
・ この幅が誰にとっても弾きやすい幅だから。
・ ピアノの構造上、この幅にしかできない。
・ この幅でなければピアノの音に影響する。

等々、ピアノの鍵盤の幅に関する世間一般の認識はだいたいこのような感じではないでしょうか。
世界中で通用している“標準規格”なのだから、それなりの理由があるに違いないと考えるのは当然の事でしょう。


では、約300年におよぶピアノの歴史の中で、鍵盤の幅がどのように変化してきたのか見ていきましょう。


東京女子医科大学附属青山病院の音楽家専門外来の医師であり、宇都宮大学工学部の機械システム工学科の教授でもある酒井直隆氏は、鍵盤の大きさと手の大きさとの関係がピアニストの手の酷使の問題の要因となっているかどうかを調査するため、ニューヨークのメトロポリタン美術館、ウィーンのホーフブルク王宮コレクション、ウィーン工業博物館、そして、浜松市の浜松市楽器博物館に所蔵されている1559年から1929年までに製造された120台の古い鍵盤楽器(ハープシコードクラヴィコードスピネットヴァージナルフォルテピアノスクエアピアノ)の鍵盤幅を計測し、モダンピアノの鍵盤幅と比較するという調査を実施し、論文: Keyboard Span in Old Musical Instruments: Concerning Hand Span and Overuse Problems in Pianistsを書きました。この論文は、2008年にMPPA(Medical Problems of Performing Artists)というアメリカの医学雑誌に掲載されています。

この調査によると、ピアノの鍵盤幅は、ピアノが発明された18世紀の初め頃くらいまでは現在と同じ幅(オクターブ約165mm)でしたが、18世紀の終わり頃になるとオクターブ毎の幅が最大のものでも163mm、最小のものでは156mmと、全体的に細い様々な幅の鍵盤が造られるようになり、演奏者がその中から弾きやすい幅の鍵盤を選ぶことができるようになりました。当時は女性に合うという謳い文句で売り出されたピアノもあったとか。
ところが19世紀の初め頃から鍵盤幅は大きくなりはじめ、19世紀の終わり頃には再びオクターブ約165mmになり、現在に至っているということです。
※詳しくはこちら↓
http://littlehands782.blog.fc2.com/blog-entry-27.html
http://smallkeyboard.blog35.fc2.com/blog-entry-130.html

モーツァルト(1756年- 1791年)、ベートーヴェン(1770年 - 1827年)、シューベルト(1797年 - 1828年)は、鍵盤幅のバリエーションが増えた時期と丁度重なっていますし、ショパン(1810年or1809年 - 1849年)とシューマン(1810年 - 1856年)の使っていたピアノの鍵盤幅も現在のものより細かったとのこと。ショパンが使っていた鍵盤の幅は、現在カワイが特注で製造している細幅鍵盤(1オクターブあたりで約1cm細い)とほぼ同じくらいだったそうです。
ちなみに、「細幅鍵盤運動」で知られる、作曲家の中田喜直氏が特注し作曲に使用していたピアノの鍵盤幅もショパンが使っていたピアノの鍵盤の幅と同じくらいだそうです。
【補足】
少し前まではウイスタリアピアノというメーカーも細幅鍵盤ピアノの特注を受け付けていたのですが、残念なことに最近撤退してしまわれたそうです。
ウイスタリアピアノに問い合わせてくださった方の話によれば、「またそのうち再開するかも知れませんが」と担当の方が仰っていたそうです。



ではなぜ、ピアノの鍵盤は様々な幅の鍵盤が造られるようになったにもかかわらず、19世紀の終わり頃から大きなサイズ1つだけしか造られなくなったのでしょう。


18世紀の終わり頃まではピアノは貴族のもので、専ら貴族の屋敷の広間などで演奏されていました。
この頃主に使用されていたフォルテピアノは、現在のモダンピアノに比べて音量が小さく音域も5オクターブ、鍵盤も細いだけでなく、弾いた時の重さがモダンピアノの1/4~1/5くらいで深さも半分くらい、構造も全て木製だったとのこと。

それが1789年のフランス革命以降ピアノが一般大衆化し、この頃からたくさんの聴衆を収容できる大きなコンサートホールが建設されるようになりました。
そのため伸びのある大きな音が出せるピアノが必要とされるようになったので、この頃ピアノの開発が急速に進められ、現在のモダンピアノが誕生しました。それまでのピアノよりもずっと強い力で弦が張られるようになり、その張力を保持する為の頑丈な鋼製のフレームが使われるようになったことによって手で造ることが不可能となり、それまで職人の手によって1台1台造られていたピアノも、この頃から機械生産されるようになったそうです。
※参考文献↓
http://www.cembalo.com/discography/disc08_0.htm
http://www2.plala.or.jp/CHAKA/pianoflame2-1.htm

当時はピアノの開発競争が激化していて、ピアノメーカーは我先にとピアノを開発し、売り上げを伸ばすため大量に市場に送り込んでいました。はっきりした理由は分かりませんが、このときに鍵盤の幅は1つのサイズしか造られなくなりました。(機械での大量生産には規格が統一されている方が都合が良かったから???)
ピアノの開発が進んで音域が広がり、ピアノが全体的に大きくなったことも鍵盤の幅を押し広げた一因としてあるのかもしれませんが、当時はリスト(1811年 - 1886年)を始めとするヨーロッパ人の男性ピアニストが多かった為、彼らのような大柄な男性ピアニストが弾くことしか念頭に置かれず、その他の小柄な人(主に女性)や子供に対する検討がなされないまま、ピアノの歴史上最も大きな鍵盤幅でピアノが製造され大量に行き渡り、そのまま何となく“標準規格”として定着してしまった、というのが現在の鍵盤幅になった経緯だと言われています。
※詳しくはこちら↓
http://littlehands782.blog.fc2.com/blog-entry-47.html
※この原因に関して興味深い説がありますので、それはまた後ほど記事にする予定です。


現在アメリカのスタインビューラー社が、標準鍵盤(オクターブ:165.1mm)以外の次世代の鍵盤の規格として、オクターブが152.4mmの15/16鍵盤、140.7mm の7/8鍵盤、129.9mmの3/4鍵盤の3つの規格を製造しています。
鍵盤の幅が変わっても音に影響することは無く、演奏にも遜色ないとのことです。
スタインビューラー氏がたくさんのピアニストから要望を聞き試弾してもらいながら規格を検討し、開発、実現するまでに約10年という年月がかかったことを考えると、開発・売上競争に追い立てられていた19世紀当時のピアノメーカーには到底そのような余裕など無かったことが想像出来ますし、鍵盤幅の検討が置き去りになってしまったのも頷けます。

現在の鍵盤幅には音楽的な根拠はありません。開発当時のピアノメーカーの生産性のために1つの大きな鍵盤のみに統一され、言わばそれをエンドユーザーである演奏者が押しつけられたような形になってしまっている状況なのです。

そもそも、人間の手の大きさは相当な個人差があります。
手を最大限に張った親指から小指までの幅は、成人女性の手では成人男性に比べて平均でも約2.5cm小さいそうです(※欧米で実施された調査)。これが1番小さな手と1番大きな手とではどれくらいの差があるのでしょう。
これだけ大きさにバラつきがあるのに、それをたった1つの鍵盤幅に集約すること自体に相当な無理があることが分かりますし、恐らくそのことに昔の巨匠の方々は気付いていたのかもしれません。
鍵盤幅の遷り変わりを見ると、先人達が選んできたのはそれぞれが弾きやすい幅の鍵盤を選ぶという方法だったのではないかと思います。そして、鍵盤幅が選べた時代に作曲されたクラシックのピアノ曲は、それぞれの手の大きさに合った鍵盤を選んだ上で弾くことを前提として作曲されていると考えるのが自然でしょう。

昔の伝統や習慣が時間の経過とともに変化して違った形になるというのはよくあることですし、変化することによって良い結果がもたらされることもあります。ですが、ピアノの鍵盤は大きな幅1つだけになったことで、様々な幅があった頃に比べて何か良い結果が演奏者にもたらされているでしょうか。

130年程前に後回しにされてしまった課題に取り組むときがようやく来ているのかもしれませんね。


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コメント

こんにちは、
先ほど、私の推進活動中ブログに書きましたが、
「ウイスタリアピアノ」は細幅から一時撤退したようです。
残念でたまりませんでした、、。
私の力不足かも知れないのと、定期的にウイスタリア
に連絡を入れるなりして、DCS国際で採用された
事実とかも話していれば、良かったかなぁ(知ってあるかも知れませんが)
と後悔ばかりが先に立ちます。

ところで、カワイはピアノの細幅特注は、大体どの機種
でも取り付け可能でしたっけ?
今後の記事にも書かなくては行けませんからね。
酢~ [URL] 2014/08/28(木) 11:51 [編集]

酢~様
コメントありがとうございます。

お知らせを聞いて驚いています(>_<)
この前久しぶりにウイスタリアのホームページを見たとき、細幅鍵盤の記述が無くなっていたので、何となく嫌な予感はしていました。
撤退は撤退でも“一時的な”撤退であればまだ望みは繋がるのですが・・・
私もウイスタリアとコンタクトをとっていればよかったと思っています。
海外の動きをご覧になっていれば考えなおして下さったのではないかと悔やまれます(ーー;)

カワイの細幅特注ですが、私が以前問い合わせたときは、注文に際して「元となるモデル名(GM‐12等)を明記の上・・・」ということでしたので、恐らく希望のモデルで造ってくださる(あるいは検討して下さる?)のではないかと思います。

細幅鍵盤に対する関心は少しずつ高まってはいるんでしょうけどねぇ・・・
やはり“アコースティックのみ”で“電子ピアノが無い”というのがネックになっているのでしょうね。
酢~様のように欲しいという気持ちはあっても、アコースティックでは購入が難しい・・・お値段もさることながら、置く場所や騒音など、色々な問題に阻まれてしまう・・・という方が殆どなのだろうと思います。

売れない=関心が無い、ではなく、関心があっても買えない状況がある、製品が消費者に歩み寄っていない、ということをメーカーの方にも分かって頂きたいものですね。
LittleHands [URL] 2014/08/28(木) 14:47 [編集]

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