主に細幅鍵盤の事を、個人的な戯言を交えながら徒然なるままに書いているブログです。このブログの趣旨をまとめていますので、初めてお越しの方は、宜しければカテゴリ欄の「記事の概要」をご一読ください。
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03/25
“ピアノを弾くと手が大きくなる”?
前々回の記事"Attitudes and misconceptions"の翻訳文の内容は、問題の核心にかなり踏み込んだものでしたね。
特に4番目と5番目の内容を読んで、ちょっと思い当たる節が・・・


私の友人の中には、身長が167cmもあるにもかかわらず、骨格が細く華奢な体格であるせいか、152cmしかない私とほぼ同じ手の大きさの人がいます。もちろん、その友人もオクターブは手前から引っかける形でしか届きません。ちなみにピアノも小さい頃から小学生の間まで習っていたそうですが、手が大きくなることはなかったようです。

その一方で、身長はそれほど高くない(160cmくらい?)にもかかわらず、骨格が大きいがっしり体型であるせいか、10度届く手の大きさの人も居ます。

一般的には身長と手の大きさは比例している傾向があるのだとは思いますが、この友人たちを見ていると、そうではない場合も少なからずあるのではないかと思います。


「ピアノを弾いていればそのうちに手が大きくなって指が届くようになる」
という話を聞いた、若しくは言われたことがある方は多いのではないでしょうか。
私も小学生の頃にピアノを習っていた友達が言っていたのを覚えていますし、以前通っていたピアノ教室の先生からも言われました。

私の手はオクターブもまともに届かない(手前からどうにか引っかかる程度)くらいの大きさしかないので、どうにか手が大きくならないものかとお風呂で指の間を広げるストレッチなどをしたこともあります。(ピアノの先生から勧められました。)
確かに手が柔軟になって、多少は開きやすくなりました。
ですが、手のスパン(手を最大限張った状態での親指から小指までの長さ)が広がったのはせいぜい5mm程度。当然、たったそれだけではまともに届くようになるはずもなく、心持ち鍵盤の角に指が引っかかりやすくなったかな?くらいでした。既にほぼ180度開ききった状態なので、それ以上開く余地などありません。

普通に考えれば医学的根拠も無い話だと分かるのですが、どうにかならないものかと真剣に悩んでいる心境の時にピアノの先生からはっきりと「大きくなる」と言われてしまうと、その“希望”に縋りたくなって信じ込んでしまうものです。
当時、色んな事をして指の間を広げようとしていたのですが、あるとき知り合いの看護師の方から、手の関節はとても複雑な構造をしているから、そんな事をしていたら関節を傷めてしまう、無理な事をするのは止めるようにと言われました。
そして、看護師の方曰く、楽器を弾いたからといって、持って生まれた遺伝的な身体の大きさ以上に手が大きくなることなどまず無いだろうとのこと。

実際、小さい頃からピアノを習っていたにもかかわらず手が大きくならず、結局成長した今でもオクターブがまともに届かないという方(主に女性)がかなりいらっしゃるという事実、そして、ピアノを習うのは圧倒的に女の子が多いのに、ピアノの世界で華々しく活躍している人は圧倒的に(一般的に女性より手が大きい)男性が多いという異常な男女比(※)から見ても、“弾き続けることによって手が大きくなる”という話は、信憑性に欠けているように思います。

PASKによると、成人女性の手のスパンに対し、成人男性の手のスパンは平均で約2.5cm(だいたい標準鍵盤1個分)大きいとの調査結果が出ています。ちなみに10度届く男女の割合は、(おそらく欧米人の)男性で約80%、女性では約20%とのこと。
欧米でもピアノ人口は女性が多数を占めているそうですが、主な国際ピアノコンクールでの受賞者やプロ・ピアニストは、やはり男性が多数を占めているとのことです。ちなみに、バイオリンではこのような男女比は見られないそうです。
【参照】
鍵盤の歴史・手のスパンのデータ分析
細幅鍵盤を試したピアニストからの反響・主なピアノコンクールと演奏経歴での成功における性差


ではなぜ、このような実態が伴っていない『都市伝説』のような話が実しやかに世間に広まっているのでしょうか。

随分前の話ですが、テレビであるアコースティック・ギタリストの方が、“自分は小さい頃からギターをやっているから右手より左手の方が大きくなった”と話していたのを覚えています。
その方が両手を合わせてみると、確かに左手の指の方が若干長いような・・・という感じでした。
おそらくこれを観た方の大半は、“やっぱり楽器をやっていると手が大きくなるんだ”と思われたと思います。私も当時そう思いました。

ですが、これはこのギタリストの方の思い込みである可能性が高いです。
なぜかというと、
“人間の身体は、元々左右対称にはできていない”
つまり、誰でも手足の大きさは左右で若干異なっているからです。
ご自身の手のスパンを左右それぞれで計ってみられると、おそらくほとんどの方が、どちらか(おそらく左手)の方が若干大きいのではないでしょうか。
私も左手のスパンの方が右手より5mmくらい大きいですし、手を合わせたときも左手の小指の方が若干長いです。
靴を履いた時も、どちらか(おそらく右足)の方がきついと感じるのではないでしょうか。

この間、PASKの主要メンバーのロンダ・ボイルさんから私の手のスパンの長さを聞かれましたが、そのときも、左右で若干違っているかもしれないからそれぞれの長さを教えてほしいと言われました。
沢山の手のデータを集める中で、やはり“手の大きさは左右で異なっていることが多い”という結論に達していらっしゃるようです。

あと、これはあくまでも私の想像ですが、小さい頃からピアノを習い始め、成長に伴ってだんだん指が届くようになっていったのを、“弾いていたから手が大きくなった”と思い込んでいる方も中にはいらっしゃるのではないでしょうか。
小さい頃からピアノを弾いていた場合と、弾かなかった場合との両方のデータを同じ人で取ることが出来ないので、この件は状況証拠に頼らざるを得ませんが、上で書いたような状況から見ても、成長とともに指が届くようになった方は、ピアノを弾いていたからではなく、その手の大きさに成長するDNAを元々お持ちだったと考えた方が良さそうです。


これもかなり前の話ですが、この小さな手で弾く方法は無いものかと探していたときに、あるピアノ教育者の方のサイトが目に留まりました。
そのサイトは、“手が小さい場合の運指の方法”というものを解説したものでしたが、どう見ても普通にオクターブが届いている、下手すると9度くらいまで届いているんじゃないかという手を“小さい手”として解説されていました。
それを見たときに、“オクターブも届かないような手は、こういう方々の眼中には無いのだな”と悟りました。
確かに9度くらいしか届かない手はピアノの世界では小さい方なのかもしれません。
ですが、実際に手が小さくて本当に困ってらっしゃる方々は、オクターブもままならないような手の人(主に女性)です。そして、社会全体ではそういう方が意外と多いのです。

1880年代後半のヨーロッパ人の男性ピアニストが弾きやすいように設定された鍵盤だけしかない現在の状況では、ピアノの世界で上を目指せる人はどうしてもある程度手が大きい人に限られてしまいます。
ピアノの世界で活躍されている方々の中には、世間ではオクターブも満足に届かないような人が多いということをあまりご存知ない方もいらっしゃるのではないでしょうか。


このような認識のズレもまた、細幅鍵盤の普及を妨げる一因なのかもしれません。

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03/17
細幅鍵盤を取り入れたピアノコンクールが世界で初めて開催されました!
昨年の9月に書いた記事、『細幅鍵盤が、国際ピアノ コンクールで採用されることになりました!』で紹介しましたDCS国際ピアノコンクール2014が、先週の水曜日から土曜日(3月12~15日)の4日間、アメリカのテキサス州、ダラスで開催されました
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審査員の中には、国際的ソリストのデニス・アーマン・ゲレンベさん(審査員長)、カナダの音楽コンクールおよびカナダの全国音楽フェスティバルの優勝者のロジャー・ロードさん、複数のグラミー賞ノミネート候補者であり、国際ピアノコンクールで何度も金メダルを獲得されたペトロネル・マランさんもいらっしゃったそうです。

DCS International Piano Competition
Meet the Jury 2014

http://www.dcspianocompetition.org/rules-regulations/meet-jury-2014/

ちなみにこちらはペトロネル・マランさんのCDです。

http://ml.naxos.jp/album/CD98.286
http://ml.naxos.jp/album/CD98.231
http://ml.naxos.jp/album/CD98.640

そのときの画像(小さいですが)がPASKのFacebookページで公開されていたので、こちらに掲載させて頂きます。

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3枚目の画像では、スタインウェイのコンサートグランドの鍵盤を入れ替えていますね。
やはり調整に多少の時間を要するのは購入時だけで、その後は本当に2,3分の入れ替えですぐに弾けるということでしょう。

このコンクールによって、ホールがサイズ毎に何台ものピアノを用意しなくても、色んなサイズの鍵盤(少なくとも15/16鍵盤(オクターブ:152.4mm)と7/8鍵盤(オクターブ:140.7mm)の2つ)を用意することで十分対応できるということが証明されたと言えますし、 “ホールが色んな鍵盤サイズのピアノを所有するのは不可能”という反対理由も崩れたのではないでしょうか。

今後このコンクールに関する詳しい情報が送られてきたら、追って報告致します

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03/10
PASK記事翻訳 - Part9 * 考え方、および誤解
今回も、PASKのサイト(http://www.paskpiano.org/)の、"BARRIERS TO CHANGE"の最後の大きな項目、'Attitudes and misconceptions'を読んでいきたいと思います。
今回は量が多かったので翻訳がかなり大変でした




"Attitudes and misconceptions"
『考え方、および誤解』

1. 容易に反証を挙げることができる不正確な仮定最も多いものは、異なる大きさの鍵盤に適応する際、さらに鍵盤の間で交換するときに、ピアニストが克服できず苦労するだろうと誤って信じられているということです。
大抵のバイオリニストがいかにしてより小さな楽器から始め、人によっては、度々バイオリンとビオラの間を行ったり来たりしているのか、これから気に留めていてください。
参照: Need for Narrower Keys - 狭い鍵盤の必要性5. Feedback from pianists who have tried ergonomically scaled piano keyboards (ESPKs) - 5.人間工学的に縮小されたピアノ鍵盤(ESPK)を試したピアニストからの反響

他の間違った仮定は、現在、アコースティック・ピアノに利用可能な縮小されたサイズの鍵盤が、それらのサイズのために、音量あるいは音質において粗悪であるに違いないということです。
論理的に正しい人間工学的な原則、およびピアノ奏者の最大数に適することによって、最終的に現在の鍵盤サイズが確定したと思い込んでいる人もいます。これは事実ではありません。現在の鍵盤は、1880年代後半の、あるヨーロッパの男性の巨匠が弾きやすいと判明しているものです。

2. 「状況は変わらない」という意識。つまり、ピアニストは、異なる大きさの鍵盤へ移る、あるいは試すことすら意味がないと感じています。
結果としてより高い価格であるために、民衆も複数の鍵盤サイズを持つことはピアノ・メーカーにとって『難しすぎる、もしくは高価すぎる』と推測することがあります。しかし最終的には、より小さい鍵盤が選択肢であれば、メーカーは市場を拡大する見込みがあると認識するでしょう。
状況が大きく変わるまでに時間がかかるかもしれませんが、長い目で見ること、そして多くの産業が、しばしば予想することができないやり方で革新する能力について振り返ることは重要です。
素晴らしい音と、別の鍵盤サイズへ変更することへの転換は、まさにそこまで来ているかもしれません。
参照: Vision for the Future - 将来への展望

3. 代替鍵盤に接した経験の不足。より狭い鍵盤を備えたピアノを演奏してみる機会をこれまでに得ているピアニストはほとんどいません。つまり、典型的な小さい手をしたピアニストは、もっと彼らの手のサイズに適している鍵盤を演奏するときに、すべてがどれほど容易であるかに気付いていないということです。
クリス・ドニソン*は、「彼らが上級のレパートリーを弾く頃には彼らの手は十分に大きかったので、手が大きい演奏者は、手が小さい演奏者と同じ問題を経験したことが無く、そしてより小さい手をした演奏者には、より大きな手がある感覚を経験する機会が一度も無かった。」という重要な観察をしました。

今日の(はるかに短く、柔軟で、より軽くなった)アルペン・スキーが、いかにしてスキーをとても容易にすることができるか、50年前のスキーヤーは想像することができたでしょうか?

より大きな手のピアニストが、彼らにとって大きすぎるさらに大きな鍵盤で演奏することを強いられるという興味深い実験を想像することができるかもしれません。そのような実験は『残酷』であるとして批判されるでしょう。
しかし、子供は言うまでもなく、これは現在、成人のピアニストの半分以上の身に起きていることです!

4. ある有名なピアニストの手のサイズに関する不正確、若しくは逸話的な前提。特定の有名なピアニストは「手が小さかった」という主張を聞く、あるいは読むことは珍しくありません。
しかしながら、ほとんどの場合、これらの主張をしている人々は、言及されたピアニストの正確な手のスパンを知らず、『平均的な』手のスパンについての正確な概念、または、性別および人種の違いを含む社会全体にわたる実際の手のスパンにおける多様性についての、どの認識も彼らが持っているとは考えにくいです。
実際にはその範囲が驚くほど大きい場合がありますが、指が細く比較的痩せた手は、『小さい』と見なされるかもしれません。ピアニストにしては『小さい』と見なされることがある手は、全人口を考慮すれば、実際は平均以上かもしれません。彼らが『手が小さい』と言う男性ピアニストは、本当は『男性にしては小さい』という意味であることが多いのですが、実際彼らは、ほとんどの女性と比べて大きいのです。世界的に有名なピアニストは、彼が、他のトップピアニストの非常に大きな手とそれらを単に比較しているだけである場合、彼の手が『小さい』と言うかもしれません。
アリシア・デ・ラローチャは、単に彼女の身長だけに基づく仮定で、『小さな手』を持っていたと言及されることが多いピアニストです。しかし彼女は、自分は全盛期には(約80%の成人女性の能力を超えた仕事の)10度届くことが出来たと言っていました。

もちろん、手が小さいピアニストの中には、こだわり抜くこと、怪我を回避する運、そしてレパートリーの賢明な選択によって、例外的にうまくできる人もいます。しかし、彼らのニーズに適した鍵盤がもし彼らにあれば、彼らはほぼ間違いなく、より大きな高みに達して、幅広いレパートリーを習得したでしょう。
他のすべてが同じならば、手のスパンと鍵盤のサイズの間の不適当な組合せは、コンサート・パフォーマンスレベルで(バロック音楽や初期古典派の域を越えた)幅広いレパートリーを演奏したいと思っているピアニストを不利な立場に置いています。
Need for Narrow Keys - 狭い鍵盤の必要性を参照してください。

5. 『手のスパンは重要ではない』という一部の教師からの固定化された見識。それは『すべてテクニック次第』であり、技術的な課題を『回避する方法を見つけること』であると、彼らの生徒に教える教師があまりに多過ぎます。この考え方は、人間工学と生体力学の実証された科学的原理、そしてまた、異なった大きさで分けられた鍵盤で演奏する、あるいは教えることを含むどんな実地経験に関しても、いずれの考慮にも基づいていません。
最も無情にも、彼らの困難が彼らの手のスパンとはまったく関連がなく、彼らの練習と才能の不足であると、生徒は信じさせられているかもしれません。彼らの生徒、主に若い女性は、実際に手が小さくても大きな高みに届くかもしれないと信じていて、彼らは物理的に考えてそもそもそうすることができず、教師がそう思わせることは残酷です。オットー・オルトマンは、1929年の頃にこれを示唆しました。
参照: Need for Narrow Keys - 狭い鍵盤の必要性4. Basic principles of ergonomics and biomechanics - 4. 人間工学と生体力学の基本原理

6. より小さな鍵盤を使うことは『不正行為』である。小さい手の人達にとっては、従来の鍵盤での大きな手のピアニストが『不正行為をしている』人であると言うのが当然の返答です。

7. 純粋に身体的な目的を持っているスポーツで不適切な比較をなすこと 例えば、誰が最も速く走る、あるいは泳ぐことができるか、若しくは、最も高くジャンプできるかを決定することが目的である場合。
多くのスポーツにおいて一流のレベルに達することができる際に、体形や身体のサイズが重要であることは認められているかもしれませんが、忘れてはならないのは、ピアノの演奏の目的は、だれが短時間のうちに最も多くの音符を演奏できるかを調べることではありません!演奏者を満足させ、かつ聴衆を楽しませるために美しい音楽を生み出すことが目的であるはずです。
鍵盤の格段な容易さは、より安全で魅力的な演奏につながるでしょう。芸術性が重要な特定のウィンタースポーツにとっては、最も大きな出場選手に合っているものと同じ装備を使用しなければならないことで不利な立場におかれるどころか、出場選手が彼らの身体のサイズに最も合う装備を選ぶことができるのが常識です!

8. 事実、より小さな鍵盤から恩恵を受けるかもしれない(以下を含む)ピアニストからの、いくつかの『思考の途絶』:-

・ 無意味な自己虐待 - 『私は自分自身の状況を困難にする課題を満喫している。』

・ そのような鍵盤を試すことは恐らく予想外の驚きとなるかもしれず、その結果、彼らの世界を混乱させるだろうという潜在意識の恐怖。
具体的に言うと、彼らには大きすぎた鍵盤での長い何時間もの練習が、多くの無駄な時間を含んでいたという発見を恐れているのかもしれません。

・ より小さな鍵盤を使うことはどうも『女々しい』。 - 恐らく、より小さな鍵盤を『必要とする』ことを見られたくない男性のピアニストによって感じられる傾向が強いです。
特にコンサート会場で使用できない以上、少しでもその考えに関心を示すことによって彼らの演奏経歴が不利な立場に置かれるのではないかと恐れているのかもしれません。

・ 『私は若い頃、痛みに苦しみ、手が小さいことによってもたらされる更なる課題を克服しなければならなかった。だから他の人もそれに耐えることができる。』

・ ピアノの鍵盤は『畏敬するに値するもの』であり、時間をかけて証明されている。
(参照: Need for Narrow Keys - 狭い鍵盤の必要性1. The History - 1. 歴史)

・ より小さな鍵盤は、『おもちゃ』若しくは『本物のピアノではない』 - では、モーツァルトやベートーベンは何の上で作曲したのでしょう?

ドニソン・C。(2000年)。手のサイズに対しての標準のピアノ鍵盤。アーティストの医学的問題、15, 111-114。http://chrisdonison.com/keyboard.html




ザックリと核心に切り込んだ内容でしたね。
色々な事をお感じになった方も多いのではないでしょうか。

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